2014年4月14日月曜日

『それでも夜は明ける』という邦題のついた映画『12 Years a Slave(12年間ただの奴隷)』 に関して

2014年のアカデミー賞作品賞に輝いた『12 Years a Slave』の監督スティーブ・マックイーンのバックグラウンド、制作意図、映画のNYでの反響など。 

by 八巻由利子



映画の一シーンより(image:Foxsearchlight)

今回、アカデミー賞作品賞を受賞したこの映画はいろいろな面で話題を提供している。ニューヨークでも劇場公開は昨年秋よりずっと続いており、主人公ソロモン・ノーサップによる原作本も、4月上旬まで3カ月ほど『ニューヨーク・タイムズ』書籍欄のヒットチャートのノンフィクション(紙・電子書籍総合)部門で1位に君臨。注目すべきなのは、初めて黒人監督作品が作品賞を取ったことだ。

黒人の映画監督は、1910年代から制作し始めたオスカー・ミショーをパイオニアとして、スペンサー・ウィリアムズ、メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ、画期的だったスパイク・リーの登場以降に出て来たハドリン兄弟、ビル・デューク、ジョン・シングルトン、そして現在のタイラー・ペリー、リー・ダニエルズといった具合で数は増加しつつある。1990年代以降は、アカデミー賞の作品賞や監督賞へのノミネートもちらほらと出てきている。

しかし、今回のスティーブ・マックイーンは畑がちょっと違う。イギリス出身であるだけでなく幼少時から絵が得意で画家を目指して美術大学に行ったが「手に職を」という目的もあって映像作品を創り始めた現代アート作家だ。短編は20本以上ある。しかも、1999年にはイギリスの現代アート作家に授与されるターナー賞を受賞し、2009年のヴェネツィア・ビエンナーレの英国館代表を務めるという経歴の持ち主。彼の代表作といえるコンセプチュアルな短編映画『Deadpan』は、2014年初めまで2年間、NY近代美術館の現代アート・セクションで上映された。

『Deadpan』のスチール・ショット(image:newmedia-art)



ヨーロッパの黒人という視点

イギリスで黒人ということはアメリカで黒人だということと意味が少し違う。バイレイシャルの人を除いたら人口の3%(約2百万人)しかいないのだから、育った環境で自分だけが黒人という場面にいることが多かっただろう。人口の13%が黒人であるアメリカには4千万人ぐらいを擁する黒人社会があり独自のメディアもある。タイラー・ペリーのように黒人でないとわかりにくい皮肉やジョーク満載の映画を撮る監督が大きな支持を得られる土壌がある。元々映画産業の規模が小さいヨーロッパで、黒人映画人が活躍できる場は限られている。

それも善し悪しだ。マックイーンも一度ニューヨーク大学で映画創りを学ぼうとしたことがある。アメリカには歴然とした映画産業があるから、逆に実験的手法は歓迎されなかったようだ。

だが今や他の産業と同様、グローバル化している映画界では、テーマにふさわしい人材は国籍を超えて起用される。この映画の場合も、監督や主演がイギリスの黒人でも、他の役者にはアメリカ人も多い。しかも脚本もアメリカ人だからアメリカ市場を意識しているのは明らかだ。

マックイーンのようにヨーロッパで育ったマイノリティーが共感しやすいのは第2次大戦中のユダヤ人排斥だ。英国の学校では『アンネの日記』は必読書となっているらしい。しかも彼が現在住んでいるのはオランダのアムステルダムである。元々、マックイーンは長編映画では特定の境遇で苦悩する人物の姿を撮ってきた。『ハンガー』は、1981年のハンガーストライキの末、こときれたIRA支持のアイリッシュ、次の『シェイム』がセックス依存症のニューヨーカー。

その次のテーマとして自由黒人が奴隷にされてしまう話を取り上げたいと妻に話したらスレイブ・ナラティブ(奴隷の物語)に当たってみたらとアドバイスされた。そして、当映画の歴史面の監修者であるヘンリー・ルイス・ゲイツのよると、百点ほどある中から唯一、自由黒人が誘拐された体験が綴られたものだという原作『12 Years a Slave』(1853年刊)を見つけたのだ。マックイーンは読み終わって「アメリカ版『アンネの日記』だと思った」という。そして、この本のことを知らなかった自分に怒りすら感じた。

原作本内の挿絵と著者ノーサップの署名


出来上がった作品の味付けは当然ながらマックイーン風。例えば暗闇を好むから、室内シーンは必要以上に暗い。また元々、身体性の表現もテーマにしてきたため、この映画には裸体がよく登場する。この作品には残忍すぎるという批判が多いが彼の作風から行けば不思議ではない。アートの世界では受け入れられる裸体や残忍性は、あまり美術館や画廊に行かないけれど映画は観るという層には受け入れがたい場合がある。アーティストとしてのマックイーンは、奴隷制の現実という過酷なテーマを用いてその境界線を超えようとしたのではないか。

30年前に映像化されていた別バージョン

この映画を観ながら、20年前に第1回アフリカン・ディアスポラ国際映画祭で観たエチオピア出身のハイレ・ジェリマ監督が撮ったインディ作品『Sankofa』を思い出していた。サンコファとは、ガーナのアカン語で「過去に学んで未来を創ろう」というポジティブな意味。

アメリカ人ファッションモデルが西アフリカのセネガルにあるゴレー島に撮影に来る。そこから新大陸に連れて行かれたという「奴隷の家」を訪問して、奴隷だった先祖に変身させられ過去を追体験した後、先祖の逆境にめげないパワーを体得する。それはカリブ海の島で奴隷が農場主に対してほう起した過去と重なっていた。つまり、奴隷制の末期を描いた『それでも夜は明ける』と違って『サンコファ』は奴隷制の初期を描いたものである。上映が終わると、満席だったヴィレッジの映画館の会場で大喝采が起きたのを今もはっきり覚えている。

他にも奴隷制がらみの映画を観たことはあるが、さらにどんな作品があったかリストを眺めているうちに、既に『12 Years a Slave』が映像化されていたことを発見した。しかも『LIFE』など大手メディアに初めて起用された黒人写真家として、また映画『シャフト』の監督として、よく知られるゴードン・パークスによって。150年前に書かれた回想記が初めて映像化されたという記事しか見なかったので驚いた。

ゴードン・パークス版


その後、NYの黒人紙『アムステルダム・ニュース』に記事が載るなど、黒人社会ではこちらのほうへの関心も高まってきた。鑑賞した人の感想を読むと、パークス版のほうが暴力シーンが少なく描き方が穏やかでいいなどと書いてある。公共テレビPBS用に制作されたのだから当然だ。なるほどパークス版のほうでは、主人公ソロモン・ノーサップは威厳ある人物ながらも、奴隷の仲間と恋愛したり喧嘩したり、奴隷の長老から説教されたりもする。

マックイーン版のほうでは、ソロモンは北部出身の自由黒人というプライドがあるのか、奴隷仲間とはあまり交流しようとしない。むしろ、白人との関係が強調されている。原作を斜め読みしてみたが、制作者たちがインタビューで答えているように、マックイーン版のほうが原作に忠実な部分が多かった。パークス版は過去の辛酸を少しでも和らげようと、ストーリーに脚色を加えながら、黒人社会に希望を持たせるような終わり方をしている。

3月末、ブルックリンのカリブ系の多い地区クラウンハイツにあるメドガー・エバース大学でパークス版が上映された。上映後、当時の映画製作スタッフ、現役フィルムメーカー、ジャーナリスト、学者(すべて黒人)からなるパネルを開催。真っ先に「これは黒人のために創られた映画だ」という感想が出た。その発言は、スパイク・リーも「ブラッド・ピットが支援しなかったら実現しなかった」と語っているように、ハリウッド資本がついたマックーン版の観客は黒人以外だという意味を込めている。

もちろんマックイーンが英国出身であることも話題に。パネルのひとりが「奴隷の映画はアフリカ系アメリカ人が創らないと」と語ると、会場にいたカリブ系の女性たちが数人「マックイーンの両親だってカリブ海出身。奴隷の子孫よ!」などと叫んだ。彼女たちは、マックイーン版が残酷すぎるという意見にも「本はそう記述しているし、それが事実なのだから」と擁護。アメリカの黒人の中にも、何世紀も前からここに住む「奴隷の子孫」と、奴隷制終了後に移住してきたカリビアンがいる。そしてその2つのグループは混ざり合っていながらも時としてぶつかり合う。その場面が目前に現れた。


今も続く奴隷制の負の遺産

パークス版が放映されたのと同じ84年に『カラー・パープル』がリリースされた。当時、黒人男性を否定的に描きすぎているといって非常に批判されたが、現在に至るまで、監督の人種を問わず、黒人をテーマにした話題の映画は必ずといっていいほど黒人社会の中で「ステレオタイプだ」といった否定的な声にさらされてきた。

マックイーン版もしかり。ベテラン映画評論家で黒人のアーモンド・ホワイトが形容した、ホラー映画に近い「拷問ポルノ」というフレーズがあちこちの映画評に引用された。彼は同時に、2013年に大ヒットした『大統領の執事の涙』や2011年のヒット作『ヘルプ』のことも「表面的に気分を高揚させるもの」と否定的なのでかなり辛口派だ。

ホワイトの批評ではパークス版に触れていないが、基本的にはマックイーンがアート畑出身で政治に無関心なため、例えば『サンコファ』のように黒人社会の意識の向上のために貢献しようという視点が欠けていて、ホラー映画を好むようなメインストリームの映画ファン相手の代物を創った、と主張している。

確かにアーティストにとっては自己表現が一番大事だ。マックイーンも「アーティストは政治家ではないからどんなにシリアスだと思っていてもエンターテイナーだ」といっている。だが、「エンターテインメントは人々を気づかせる。そしてアートは歴史にも大きな影響を与えてきた」とも述べている。

演技指導するマックイーン(左)(image:IndieWire)


 しかも、マックイーンだって肌の濃い黒人としてヨーロッパに生きてきたのだ。イギリスの教育システムの規定により13歳で進路を決める際、レイシズムの犠牲になりそうになった体験もある。自分のルーツが奴隷だということをどうやって知ったのか、などという質問について、それは「自分の名前をいつ知ったのかときかれるようなもの」と何度も答えている。「奴隷制について『もう終わったことじゃないか。忘れたらどうだ』という人がいる。でも奴隷制の証拠は今もここにある。精神障害、収監人口の多さ、教育、犯罪、ドラッグ依存、片親家庭などなど」とアメリカの奴隷制の負の遺産について十分認識している。

同時に、現代のアフリカの状況にも目を配っている。南アフリカやコンゴでそれぞれ天然資源採掘のために使役される地元の人々を撮った短編も制作済みだ。それら現代の奴隷制の描写ともいえる映像を経ての『それでも夜は明ける』である。

この映画を見たあるアメリカ人は「まるで職場みたいだ」と感想をもらした。失敗してもむち打ちには遭わないにしても理不尽なことが多く、仕事の質や量、人間関係などに苦しめられるのが会社だ。資本主義経済を支えるために人が犠牲になるという仕組みは同じ。アメリカ合衆国の経済基盤を造った奴隷制が、違う形でグローバル化した世界の隅々までに行き届き、マルコムXが聞いたら怒りそうな形容の〝ブラック企業〟では、プランテーションの主ならぬ経営陣だけが潤っている。世界に離散したアフリカン・ディアスポラがハリウッド資本下で制作した奴隷の映画は、資本主義社会の現状を暗示しているともいえる。

映画の公式サイト
http://yo-akeru.gaga.ne.jp/index.html
http://www.12yearsaslave.com/

 ©2014 Yuriko Yamaki. All rights reserved.



1 件のコメント:

  1. 檜原転石といいます。

    >マルコムXが聞いたら怒りそうな形容の〝ブラック企業〟では、プランテーションの主ならぬ経営陣だけが潤っている

    トンデモ和製英語「ブラック」(「ブラック企業」・「ブラック大学」など)の“言葉狩り”をしていますが、マルコムXはともかく、あなたはどう思っているのでしょうか?

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